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大内宿概要

大内宿は会津若松と日光を繋ぐ会津西街道又は下野街道と呼ばれる街道の宿場町。

江戸時代に入り街道が整備されると会津西街道は会津藩や新発田藩、村上藩、米沢藩の参勤交代に使用され、

経済的にも廻米道として利用されるなど重要視された。

又、大内宿は回りが高い山々に囲まれている為、独立した宿場町として発展し、

本陣をはじめ旅籠や問屋などが設けられ賑わいをみせていました。

明治維新後は街道制度が廃止され主要交通機関から外れた事で

大内宿も次第に人や物資の往来が減少し衰退していきます。

この事は大内宿の町並みが残される大きな要因となり、

昭和に入っても旧街道の両側には茅葺屋根の建物が軒を連ねていました。

その後、時代が下がるにつれて大内宿にも近代化の流れが訪れ、

道路の舗装化や金属板葺きの屋根、アルミサッシなどが目立つようになりましたが、

古い町並みが残っている事で昭和56年(1981)に宿場町としては妻籠宿、奈良井宿に次いで

全国3番目に重要伝統的建造物群保存地区に選定、大内宿を含む前後10キロには旧会津西街道の石畳や、

三郡境の塚、茶屋跡、一里塚、馬頭観世音碑などの遺構が見られることから国指定史跡に指定されています。

現在の大内宿は保存運動にも力が入り再び茅葺屋根に戻す民家が増え、

舗装道路も撤去され水路を復活するなど古来の大内宿の姿に戻りつつあります。

茅葺屋根が風情があります。
DSC01450.jpg

桃の他にはラムネ等も冷してありました。
DSC01451.jpg

山を少し登るとこんな感じで撮影できます。

ちょうどラッシャー板前さんがいらっしゃって旅サラダの撮影でもされているのか、

ベストポジションはテレビクルーが陣取ってました・・・。
DSC01452.jpg

大内宿ではねぎそば(高遠そば)が有名で箸の代わりにちょっと細めのつやつやのネギ一本で食べる。

店内は満席で30~40分待ちでしたので諦めました(泣)
DSC01460.jpg

DSC01461.jpg


今回は娘の「ご機嫌がななめ」なので落ち着いて観る事もできなかったため、

次回は近くの芦ノ牧温泉に宿でもとってゆっくり観光したいところです。

帰りに温泉街をちらっと見ましたが、かなり良い景色でした。

近くには横浜ラーメン博物館に出店している牛乳屋食堂さんもありました。

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